それは素晴らしい経験ですね!2万円でトヨタ セリカ LB 1600GT TA27を手に入れたなんて、とてもユニークで興味深いエピソードです。ここでは、その経験をブログ記事風にまとめてみましょう。
働き始めて最初に買った車: 2万円のTOYOTA CELICA LB 1600GT TA27
社会人としての一歩を踏み出したばかりの頃、初めて自分のお金で買った車がトヨタ セリカ LB 1600GT TA27でした。しかもその価格はたったの2万円。今思い返しても、あの出会いはまるで運命だったように思います。
昭和50年式のトヨタセリカリフトバック1600GTです、私が昭和59年に福岡からT社の整備士として就職して最初に買った車です、昔親戚の兄ちゃんが乗っていて、その頃からの憧れの車の1台でした、丸目4灯の引き締まった顔つきに綺麗なハッチバックスタイル、低くレーシーなポジション、走りを予感させるメーター類、どこをとっても完璧に近い車です、当時は10年乗ると車の価値がなくなる時代でこのセリカでもハコスカでも下取りが1万円でほとんどが解体屋に行っていた時代です、いまでは考えられない時代です、しかし私たち昭和の世代に言わせると。あのハコスカが1千万とか、こちらの方が考えられませんね、私ももう一度セリカを所有したいのですが遠い存在となりました、せめて記憶だけでも残したくて、ブログで残します。
TOYOTA CELICA LIFTBACK TA27
≪車両紹介≫
トヨタ セリカ TA27は、1970年代に製造されたトヨタのスポーツクーペです。このモデルは、トヨタのラインナップにおいて重要な位置を占めており、特にそのデザインとパフォーマンスで人気がありました。
セリカ TA27の概要
- 製造年: 1970年代前半(主に1973年から1977年)
- 車種: スポーツクーペ
- エンジン: 主に1.6Lおよび2.0Lの4気筒エンジンが搭載されていました。
- GTシリーズにエンジンは2種類、1600ccの2T-Gと2000ccの18R-G(YMAHAエンジン)で高回転まで回る2T-Gは当時1750cc(イナゴ)にボアアップしてハイカムが定番でしたかね、その際確か昔の記憶で行くとSOLEXのスリーブを抜いて42パイとかのセッティングだったような記憶があります、私のは1600の2T-GでしたがミッションがT型で小指でシフトが出来るくらい出来の良いミッションでした、これが18R-Gはポルシェシンクロで節度が無くグニャグニャって押し込むようなミッションでしたね、でも18R-Gはトルクフルで速かったですスピードメーターは220kmスケールだった記憶があります。
- 駆動方式: 後輪駆動(FR)
デザインと特徴
- 外観デザイン: TA27は、そのスポーティでエレガントなデザインで知られています。特にフロントグリルやヘッドライトのデザインが特徴的です。また、流線型のボディラインが、当時の他のクーペモデルとは一線を画しています。
- インテリア: 高品質な素材とスポーティなデザインが組み合わさり、ドライバーを中心としたレイアウトが採用されています。運転席の計器類も見やすく配置されており、ドライビングの楽しさを追求した設計がされています。
- パフォーマンス: エンジン性能と後輪駆動の組み合わせにより、操縦性に優れた車となっています。軽量な車体とパワフルなエンジンにより、スポーツドライビングに適した特性を持っています。
歴史的背景
トヨタ セリカは、アメリカ市場向けに開発されたモデルであり、マスタングやカマロといったアメリカン・マッスルカーに対抗するための日本車として登場しました。TA27はその第2世代目にあたり、日本国内だけでなく、海外市場でも人気を博しました。
カルチャーと遺産
セリカは、モータースポーツでも成功を収めており、特にラリー競技での活躍が有名です。TA27のスポーティなデザインと高性能エンジンは、多くのカーファンに愛され、現在でもクラシックカーとして高い評価を受けています。
トヨタ セリカ TA27は、1970年代の自動車デザインと技術の象徴であり、現在でもその魅力は色褪せていません。コレクターやカーファンにとって、貴重な一台となっています。
- 車両型式 TA27-MQ 1975年式で51年度排気ガス規制にはひかかっていない車両でした。この後の53年度規制車両からは確かEGR装置や触媒が付いてパワーも落ち燃費も悪くなったと思います。
- エンジン型式 2T-G 水冷直列 4気筒DOHC SOLEX2基 1588cc
- 当時はコーションプレートにエンジン型式は2Tまでしか表記が無かったのでエンジンを積み換えてもわからなくSTに2TGを積んだ車両が良くあったような記憶があります。
- 最高出力 115ps/6400rpm 当時の車両はコーションプレートに115馬力と打刻がありました
- 寸法 車両重量 995kg 全長 4215mm 全幅 1620mm 全高 1280mm
この軽い車両重量だったので115psでもそこそこ走っていたんでしょう、今の車だと995kgはNBOXと同じ位のの重量です。
6連のメーターにバケット風のシート(しかしこのシートが全然ホールドせず、当時バッケットシートを買うお金もなく峠を走る時はクラッチペダルの裏に足を引っ掛けて固定したり、シートの下を握ってお尻が滑るのを押さえて乗ってました)低いポジション、エンジンのヘッドカバーは結晶塗装でキャブはSOLEX 2基やっぱり良いですね
私の愛車は1975y’のセリカリフトバックです、お決まりのマーシャルのヘッドライトに足はカヤバ8段でビタローニのドアミラー(今見ると純正の弾丸フェンダーミラーがカッコいいですね)バンパーは前オーナーが同色に塗装してありました。
ボンネットのエアダクトや引き締まった顔つきに4灯のヘッドライト私にとってはほぼ完璧なスタイルです。どこから見てもカッコ良い✨
昭和60年の横浜元町商店街です、ちなみに後ろに写っているのは私です😁
加速する時のキャブのゴポゴポっていう吸気音や、天気や気温や気圧で調子が変わったりと、雨の日はよくバックファイヤーを起こし濡れた路面にキャブから噴き出した炎🔥で真っ赤になっていました、どれをとっても楽しかったですね。エアクリーナーを外して通称弁当箱を付けていたから燃調が薄くなっていたのでしょうね。
当時使っていたステアリング、MOMOジャッキースチュワートをいまだに持っています
真っ暗でわかりませんが、横須賀の三笠公園ですね。アンテナはパーソナル無線です、昔は携帯などまだまだ普及していなかったので、無線で友人を探しながら走ってました。『窓口お借りします』なんて言ってたような覚えがあります。
☟ CELICA のカタログです詳しくはこちらか ☟
小学校の卒業文集にセリカとサバンナRX3の絵を書いてました😅特に初期型の細いバナナテールがカッコよかったですね(後期になるとテールの大きさが大きくなりバンパーがWバンパーで大きくなってしまいました)、ドライビングポジションも足は殆ど伸ばした状態で低いポジションでした、もちろんパワステも無く小径ハンドルで車庫入れはハンドル内掛けで一生懸命回してました、しかも私の車は当時アドバンのHF-typeDの225/60R13のセミスリックのような太いタイヤを履いていたのでそれは重かったですね。
〖こちらが後期型です〗画像はお借りしました
〖サバンナ RX3〗やっぱりカッコいいです‼️ 大好きです😀
私の小学校の時に書いた作品です😅 サバンナRX3になってますね 現在の小学生はもっと上手に書きますよね。これでも一生懸命書いているようです💦
115psのSOLEXは今の車と違って加速するときは、アクセルをガバッって踏んでも加速しないんですよね、かぶって高回転が回らなくなってました、ハーフスロットルでスタートしてキャブの動きをイメージしながら回転が上がりトルクバンドに入ってから最後のひと踏みをして加速ポンプからの燃料を送るイメージでとにかく踏みたいアクセルを我慢でしたね、峠でもパワーバンドから外れると一挙にレスポンスが悪くなりコントロール性も落ちてました、ただしっかりとパワーバンドに入れて走っている時のレスポンスは現代のインジェクションにはないレスポンスが味わえて、今だにキャブが大好きです。
この車では、毎晩のようにR20号 大垂水峠に行ってました (後にバリバリ伝説の舞台となった八王子~相模原を繋ぐ峠です)
昭和60年当時の湘南海岸に横浜中華街
あの頃は、タイヤホイールも数セット持っていて、天候や気温の状態などで替えて出かけてました、現地でキャブ調整や足回りの調整もしてました。こうやって整備の技術も覚えてきます、ショックの減衰力を変えたらこんな動きするとか、キャブのセッティング一つでもマイナスドライバー1本で変わったり楽しかったです。
当時、神奈川は走るところが沢山あり、峠は大垂水や箱根ターンパークなどチューニングメーカーやお金持ちは湾岸で最高速、首都高速は降りずに何週もできるのでタイムアタックと良い時代です、バブル期で仕事さえしていれば大概の事は許されましたね、夜中まで働いてそれから、明け方まで走りに行って、仕事しての繰り返しでした。
神奈川県のT社に就職をして直ぐに買った、横浜ナンバーのセリカリフトバック 1600GT、初めてのドライブは横浜から横須賀を走りました、ナビなど無い時代で地図を片手に横須賀まで行って、夜の三笠公園などを回り、そこからの帰りに迷子になりました、いつのまにか熱海まできていて焦った思い出があります😨 九州だと間違っても鹿児島までですが、横須賀から間違えると青森まで行ってしまいますよね💦
国道1号線 小田原~厚木道路です ホイールはエンケイディッシュ 13インチ 8j タイヤはADVAN HF-D 225/60R13
細いバナナテールがカッコいい‼️ 中央のGTのマークの下がフューエルキャップです
1年程しか乗ってませんが非常に思い出があり、今でも大好きな車です、安く手に入るなら、もう一度手に入れたいですね。ちなみに当時はこのセリカは不動車を\20,000円で買って直して乗ってました、今では考えられないでしょう。
こんなに若い頃があったんですね、20歳位です。ここは1985年当時に住んでいた寮の駐車場です、木造の2階建てで地震が来ると半端なく揺れてました、当時はキャブ車が多くて、朝になると一斉に寮の住人みんなでエンジン掛けて暖機運転が始まるので、窓ガラスがビリビリと揺れてました😁
今の車はドアに乗ったりすると曲がってしますでしょうね
そう言えば、このセリカで新宿に行った時に交差点のど真ん中でエンジン止まって車を押したことがありました😨今思うと良い思い出です😅
機会があればもう一度手に入れたい車ですね
最後に
トヨタ セリカ LB 1600GT TA27は、私にとって単なる交通手段ではなく、青春の象徴でした。初めての車を2万円で手に入れ、そこから得られた経験と感動は、他の何物にも代えがたい宝物です。
働き始めたばかりの私にとって、セリカとの出会いは、人生の新たなスタートを切るための最高のパートナーだったのです。
TA27 セリカ レースシーン
トヨタ・セリカTA27は、1970年代に生産された日本のスポーツカーであり、トヨタの名を高めたモデルの一つです。特に、モータースポーツでの活躍が顕著で、ラリーやツーリングカー選手権での成功はセリカの名声を築く一因となりました。以下にTA27型セリカのレース活動について詳述します。
TA27 セリカの概要
- 生産期間:1972年 – 1977年
- エンジン:主に2.0リッター直列4気筒の18R-G型エンジンを搭載
- 駆動方式:FR(後輪駆動)
ラリー活動
TA27セリカはラリーイベントで特に成功を収めました。以下に主なラリー活動を紹介します。
世界ラリー選手権(WRC)
- サファリラリー:過酷な条件で知られるこのラリーで、TA27セリカは耐久性と信頼性を示しました。トヨタチームはセリカを使って1970年代中期に成功を収めました。
- RACラリー:イギリスで開催されるこのラリーでもTA27セリカは競技に参加し、その性能を発揮しました。
ツーリングカー選手権
TA27セリカはツーリングカー選手権にも参戦し、特に日本国内で成功を収めました。
全日本ツーリングカー選手権(JTC)
- 1970年代:TA27セリカは全日本ツーリングカー選手権でトヨタの代表車両として活躍し、多くのレースで勝利を収めました。
技術的特徴とレース仕様
- エンジンチューニング:レース仕様では18R-G型エンジンがさらにチューニングされ、高出力化されました。
- サスペンション:ラリーやサーキットレースに対応するため、サスペンションが強化され、調整が施されました。
- 軽量化:競技用車両では、不要な内装の取り外しや軽量素材の使用により車両重量が削減されました。
レースの遺産
TA27セリカのレース活動は、トヨタのモータースポーツにおける成功の基盤を築きました。この車両の成功は、後のトヨタ・セリカやスープラなど、他のスポーツモデルの開発と競技活動に大きな影響を与えました。
現在の評価
現在でもTA27セリカはクラシックカーとして多くのファンに愛されています。特に、当時のラリーマシンやツーリングカーとしての仕様を復元した車両は、クラシックカーイベントやヒストリックラリーで活躍しています。
トヨタ・セリカTA27は、その競技活動を通じてトヨタのスポーツカーイメージを確立し、現在でもその功績は多くのモータースポーツファンによって称賛されています。
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